この論文へのコメント

この論文は2001年3月に書かれたものであり、2003年現在で状況は大きく変化した。最近出版した書籍『政府貨幣発行で日本経済が蘇る』を参照して頂きたい。
http://www.tek.jp/p/

 

小野盛司 論文(TEK01―1)
2001年3月20日

―日本経済復活へのシナリオー

6年前予言した日がやってきた

小野盛司

1995年、私は日本経済復活には通貨(資金)供給量を増大するしか無いとしその手段として日銀による国債引き受けをすべきであるという論文(TEK95−2)を書いた。その後1998年には、論文(TEK98−04)にて、日銀が国債引き受けをする日が近づいていると述べた。そして遂に2001年3月19日、日銀は政策委員会・金融政策決定会合で、量的緩和策を発表した。遂に6年近く前に私が予言した日がやってきた。すべてが私の予言通りの展開となっている。私の知る限りでは1995年頃には量的緩和策が必要だと気が付いた人は私以外誰もいなかった。しかしだんだんその必要性に気が付く人が増えてくるだろうという私の予想は的中した。最近政府はやっと経済がデフレ状態であると認めた。だが、資産デフレはもう10年以上前から続いていることは誰もが知っていることだ。

ほとんどの人は日本経済がこれからどうなるのか理解できていないし、誤った政策を提唱する人が多い。経済評論家達の論評はめまぐるしく移り変わる。しかもみんな口を揃えて同じ事を言っているのが滑稽だ。1995年頃彼らは不況対策・デフレ対策には規制緩和をやらなければならぬと口を揃えて言っていたが、今は再び口を揃えて構造改革だという。経済を取り巻く状況は全く変化してないのに、なぜくるくる論評が変わるのか。それは状況が全く理解できていないからであり、誰かの言ったことをオウム返しに言っているだけだからである。

(1)「不況対策には規制緩和」と言っていたのはどうなったのか

1995年頃は日本中が規制緩和という言葉を口にしていたし、規制緩和さえできれば日本経済が復活するかのような口振りであった。しかし規制緩和とは不況だろうと、好況だろうと、デフレ・インフレに関係なく行うべきことであり、特に不況対策の決定打として持ち出すべきでない。的はずれの議論も甚だしい。

(2)「構造改革」とは危険な内容を含む

「規制緩和」ばかり言っていた人達が、理由もなく今は日本経済の復活には「構造改革」しかないと言い始めた。しかし「構造改革」という言葉の中には、逆に日本経済を破滅に導く恐ろしい内容まで含まれている。彼らの言う「痛みを伴う大手術」とは、銀行の不良債権処理を強力にすすめ業績の悪い企業を大量に倒産させろ、大量のリストラをやれと言っているのである。これがいかに間違えた考えであるかということと、現在取るべき正しい経済政策は何かを述べてみよう。

(3)不況は心理的なもの

なぜ日本は不況から脱却できないのか。その答えはただ一つ、マスコミが国民に不安感を与え続けているからである。1980年代はマスコミは地価はどこまで上がるか、株はどこまで上がるかの話題で持ちきりであった。それが一転して1990年代では、逆に地価はどこまで下がるか、株の暴落はどこまで進むか、国はどれだけ膨大な借金を抱えているか等、国民の不安をつのる記事で一杯である。マスコミにとってはこれらを報道すればするほど視聴率が高まるし、新聞雑誌も売れるから、大げさに言えば言うほど儲かる仕組みになっている。だから悪質な報道が耐えない。その結果消費者心理も企業マインドも冷え切る一方である。これが日本の不況の原因になっているのである。もしもこのようなときに「構造改革」の名の下に大量の企業を倒産に追い込み大量のリストラを断行するものなら国民の不安は頂点に達するであろうし、不況はますます深刻化するし税収落ち込みにより財政は更に悪化する。出血で血が足りなくなって倒れている人に、輸血の代わりに「痛みを伴う大手術」をするとどうなるだろう。血が足りない状態で手術は殺人行為である。手術などより先に輸血をして体力を回復させなければならないのである。血が足りなくて右足の動きが悪くなっているから切断せよという判断は間違いだ。輸血すればまた動くようになる。その後どこが悪かったかを総合判断しリハビリをすればよい。

もしもマスコミが自主規制して、景気の悪化を誘うような記事を避け、不況からの脱却の兆候を示すような記事を大きく報道するようにすれば日本経済は復活する。ただしマスコミ人にそれだけの良心を期待するのは無理というものである。それではどうすればよいのか。輸血に相当するものはもちろん量的緩和である。

(4)量的緩和は日本経済を救う

日本の現在の不況を克服するには、国民の持っている不安を解消しなければならない。この状況はここ十年近く変わっていない。大きな不安といえば、株の暴落、地価の暴落、不良債権処理に関連した金融不安、国・地方自治体の抱える膨大な借金返済の不安等である。最初の論文を書いた1995年頃もそうであったが現在もこれらの不安解消の唯一の方法は通貨供給量を増加させる量的緩和である。私の予言どおり日銀はその第一歩に踏み切った。

かつて銀行は取り付け騒ぎになったとき、札束の山を見せてこんなにお金はあるんだから何も今預金を解約しなくても大丈夫ですと安心させ、預金者の不安を静めたことがあった。現在、政府日銀に求められていることはこれに似たことである。日本経済を破滅させないだけの充分な資金を自分達はいつでも供給できるということを示すことである。「数百兆円の国債残高があろうとも心配は全くいりません。それを買い取るお金はあります。」と言って1000兆円の札束を見せることに相当することをジェスチャーで示せばよいのだ。つまり国の借金は将来国民が返済するのではなく、必要なら日銀が引き受けることができると表明するだけで、どれだけ大きな安心感が国民の中に広がるか。そう言うと必ず悪性インフレが来るとマスコミが再び不安を煽り始める。マスコミ対策という意味で今回の日銀の量的緩和が「消費者物価指数が安定的にゼロ%以上になるまでと限定する」ことになったのであろう。

(5)国の借金は国民から借りたもの

大きな誤解を引き起こしているのが国債等の国の借金である。平成12年9月末で

511兆円あり、地方の借金まで加えると700兆円を超えるだろう。これを国民1人当たりに換算すると540万円で将来は増税でこれを返済しなければならなくなるという馬鹿な議論がある。もしそうなら大半の人は自己破産するだろう。このように言ってマスコミは不安を煽る。実際これを来年度の税金にこの額を上乗せすれば確かに日本経済は破綻する。しかし経済というものはそういった性質のものではない。お金が足りなくなったら政府・日銀が適量を供給すればそれで解決するからだ。経済規模が拡大すれば通貨供給量は増やさなければならぬのは当然だ。

国と地方が700兆円借りているというなら、どこから借りているかということを考えてみればよい。銀行とか郵便貯金を利用していたり、一般の人も国債を買ったりもしている。別な言い方をすれば国民(企業も国民が所有していると考える)から借りているのだ。国民はむしろ貸している方なのだ。借り手が不安をもつならまだ話は分かるが貸し手が不安を持ってどうする!国が倒産するかもしれないから心配ですか??そのような心配症対策は簡単だ。古典的な方法を取るなら、日銀は1000兆円位印刷しておいて(印刷代がかさむようだと一兆円札を1000枚印刷する)、お金はあるから大丈夫と言えば安心してもらえる。もっとスマートにいつでも国債引き受けはやりますよと宣言すれば不安は解消する。しかしそういうと悪性インフレはどうなんだと言われるに決まってる。これは(8)で述べる。

700兆円の借金は毎年増え続けている。そこで700兆円の借金を減らす方法が色々提案されている。しかし公共工事の中断だとか、構造改革だとかの方法はやってもやらなくてもこの借金の額にはほとんど影響がない。要するに桁が違うのだ。更に悪いことに、単に政府の財政支出を減らすだけでは不況を更に悪化させ、税収が減り、返って借金は増える仕組みになっている。

(6)日本国民は世界一の資産家

実際は日本国民は世界一の資産家だ。日本国や地方自治体になんと700兆円ものお金を貸している。それだけではない。日本の経常黒字は世界一ということは、世界中に膨大なお金を貸しているし、毎年毎年その額は増える一方なのだ。問題は、その世界一の資産家がお金を使わなくなったことだ。なぜ使わなくなったかといえばマスコミが恐怖心を煽っているからだ。最近のマスコミは「デフレ対策」などを番組で流す。「借金は減らせ。失業に備えて貯金を殖やせ。」など、とんでもないことを薦めている。こんな事を言えばどんどんお金を使わなくなる。その結果最も困るのは日本政府だ。税収が増えない。企業も投資にお金を回さないので景気対策に幾ら使っても貯蓄に回るだけ。国民からの借金は増えるばかり。外国も困っている。日本は物を売るだけで買ってくれない。世界中の国が日本からの借金を増やしている。一番の金持ちがお金を使わなければ外国には借金が増える一方。お金がだんだん回らなくなってきた。これが世界的なデフレの意味である。

(7)最良の景気対策は、将来に向けての投資をすること

日銀の量的緩和は当座預金残高を目標とした金融の量的緩和であり、私が1995年以来主張してきたものよりずっと穏やかな内容のものである。しかし私の主張どおりいずれ日銀による国債の買い入れをする日が必ずやってくる。それが日本経済を復活へと導くのは間違いないし、逆にそれしか復活の方法はない。現状で最良の景気対策とは国債を発行し日銀に引き受けさせることにより資金を調達し日本の将来に向けての投資をすることだ。それも国民の納得する投資がよい。間違っても環境を悪化させるような公共投資は避けるべきだ。たとえばIT関連で高速通信網の整備や代替エネルギー資源開発、電気自動車の開発等の環境対策のための事業等、将来重要度を増すであろうものに数十兆円規模で投資するとよい。今こそ情報立国・環境立国日本の基礎を築く時だ。バブルの時を思い出すがよい。あの時も貿易黒字が膨大なため内需拡大による景気拡大をアメリカに迫られ大量の資金を市場に流した。金余りの状態で、それを国民は設備投資に使うのでなく、土地・株等への投機資金として使ってしまったためにバブルとなった。日本国民は市場に資金を大量に供給するだけでは設備投資にまわしてくれない。それだからこそ政府自ら日本の将来に向けての積極的な投資をしなければならないのである。このような議論で必ずでてくる反論は悪性インフレ論である。

(8)悪性インフレを避ける方法

勿論行き過ぎれば悪性インフレになる。今回の日銀の量的緩和だってそうだ。しかしこれはコントロール可能である。悪性インフレの兆候を示してくれば中断すればよい。しかし考えてみればよい。過去10年間で政府・地方自治体は数百兆円の資金を借金をしてまで市場に投入したにも拘わらずまだデフレが続いているのである。少々の資金でインフレは起こらない体質になっている。国民に2万円の商品券を配っても消費は伸びなかった。政府の支出が少々増加してもすぐにインフレにはならない。一方、誰もが認める将来へ向けての産業を育成できれば新たな雇用促進になるし、それが牽引役となり経済全体が活性化し、景気が回復し税収が伸びてくる。そこで株価や地価も上昇してくれば、不良債権処理も簡単になる。最も重要なことは政府と日銀と国民の信頼関係である。政府・日銀が正しい方向へ引っ張っていってくれていると国民が納得できれば経済は必ず回復するのである。

(9)失敗を責めるな

「失敗を恐れるな」というのは日本人が好きな言葉である。しかし同じ人が、失敗をひどく責める。それが今回の大不況を悪化させた原因の一つとなったと言える。バブルの時期には土地や株式投資に成功して億万長者になった人が続出し、銀行も大きな利益を得た。失敗を恐れず株や土地に投資したのが成功したお陰で現在の日本の繁栄(いくら不況とはいえ終戦直後よりはるかに繁栄している)があると言っても過言ではない。ところがバブル崩壊後に投資失敗で大損害を出して倒産する企業・金融機関が続出し倒産しない金融機関も多額の不良債権を抱えるに至った。「投資というものは損したり得したりするもの」と冷静に受け止めれば何でもなかったであろうが、このような投資失敗に対してマスコミが厳しく非難・追求したことが日本経済を悪くした一因となっている。つまり投資失敗は二度と許さないと言われているのである。ならば危ない投資はできない。そこで貸し渋りが起き、正常な経済活動に大きなブレーキが掛かることとなった。マスコミがこれほどまで失敗を責める態度を示さなかったら日本経済は立ち直るチャンスは何度もあっただろう。マスコミの論理は「投資失敗は責任を取れ」だ。ということは「投資は安全なものしかするな」ということであり、ベンチャーを育てるなと言っているようなものだ。「失敗を恐れるな」と言うのであれば「失敗を責めるな」と同じ人間が言わなければ矛盾している。不正の追及をするのは良いが投資失敗にはもっと寛容であるべきではなかろうか。そうでなければ産業の健全な育成はあり得ない。